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萩・世田谷幕末維新まつり
1997年、松下村塾生誕140年祭に山口県萩市よりご招待を受けました。
そして吉田松陰終焉の地として、高杉晋作や伊藤博文により埋葬された世田谷の若林(現/松陰神社)では、
毎年松陰先生にちなんで10月27日前後の土日で幕末維新まつりが行われています。

詳細はイベントピックアップコーナーへ




世田谷松陰陣神社通り松栄会商店街






山口県萩市松陰神社にて

★山口県萩市
歩いて端から端まで45分の小さい町ですが、ここから多くの幕末の
志士が生まれました。今も昔の面影を深く残している土地です。
中央右にある山が萩城跡がある指月山(しづきやま)です。
★松下村塾(しょうかそんじゅく)
吉田松陰が勉強の場として門下生と共に納屋を改造し、部屋を増
やしていった。隣は松陰の実家の杉家がある。
また近くには伊藤博文や吉田稔麿の家がある。
★松陰先生(右)から勉強を教わる品川弥二郎(左→私)
身分や年齢、性別に関係なく学問を学びたいと思う人に門戸を開い
ていた。一人一人に合った個別教育や“飛耳長目録”という各地の
情報集めた学級新聞のようなものを作り、地方から見に来た人にも
喜んで見せた。学んだ事は実践してこそ意味があると教える。
★皆さんも京や江戸など、各地へ飛び立ち情報を収集しなさい!
その昔、外国の知識を得ようと国禁を犯してまで黒船に乗り込もう
としたが失敗し野山獄に入れられ、その後自宅蟄居となった松陰
ではあるが、11才で毛利の殿様に兵学を教えた経験がある彼の才
能を惜しみ、自宅で塾を開くことが許された。
★安政の大獄(危険人物として再び囚われの身となる)
“親思う心に勝る親心、今日の訪れなんと聞くらん”
門下生も松陰を慕ってはいたが、何よりも家族が彼を支えていた。
★松陰先生の意思を受け、立ち上がる若き志士たち
伊藤俊介(博文)・高杉晋作・久坂玄瑞・吉田稔麿・品川弥二郎
“身はたとえ武蔵野のべに朽ちぬとも留めおかまし大和魂”
★萩城跡(指月山)入り口にて路上パフォーマンスを披露 ★同じく公園にて
★萩の武家屋敷あたりの路上にて剣舞披露
町のあちこちには土塀や古い町並みが残っていたり、高杉晋作家・
桂小五郎家もある。
★普段は入室出来ないように杭が打たれている松下村塾
この時は松下村塾生誕140周年記念公演という事で実際に本物の
松下村塾を使わせていただきました。
★吉田松陰寅次郎と弟子・金子重之輔の像(松陰生誕の地にて) ★1830年(天保元年8月4日生)〜1859年(安政6年10月27日没)


やまぐちふるさと学習